29歳女 結婚してモラハラ姉と縁切り

私が縁を切ったのは姉です。

29歳の時でした。

姉は昔から学年一位で、学級委員長、生徒会などをやるクラスの中心人物でした。

うちは母親一人の家庭でしたので遊んでいるわけでもなく、どちらかといえば真面目、キビキビ、しゃっきりしている人間です。

一方の私といえば、どちらかといえば呑気、おっとり、どんくさい、人見知り、八方美人と言われる性格で、特定の人としか仲良くできず、勉強もさほど好きじゃなかったのでさっさと働きに出たいと思うような人間です。

どちらかといえば私は母似、姉は父似でした。

姉としてはその向上心の無さが許せなかったみたいです。

なにかといえば「そんなだから貴方はそんなんなのよ」と在り方自体を昔から否定され続けてきました。

「妹だから甘えても許されていいわよね」だとか、「私は姉だから割を食っている」とか、「働きに出るなんて。

どうせ親の介護も私にしろっていうのでしょう、いいご身分だわね」……。

姉は今で言う、「意識の高い」モラハラ人間だったのです。

そんな姉でしたが、大学卒業後すぐに職場で恋愛結婚し、実家を離れました。

親の介護は私がやるんだからなんだという話はなんだったのか? と思いつつ、姉がいなくなるほうが私としては気が休まるのでむしろ万々歳でした。

が、結婚後落ち着くと、一週間に一回電話をしてきて、一ヶ月に一回、必ず帰省してくるのです。

電話の内容は「私がいた間私がしていた仕事を漏らさずやっているか」を尋ねるものです。

帰省するのは、「電話で話した内容が信じられないからちゃんとやっているか確認しに来た」だと言うのです。

なぜ嫁いだ姉から、働いている私が姑のような扱いを受けなければならないのかとやる方無い思いをしていましたが、決定的な決別は私が出張でいない間に起きました。

私がいないスキに、当時60を超えていた病弱な母に対して、私と同じ要求を真夏の盛りに言ったのです。

母も私と同じく、むしろ姉に対して「こんな甲斐性のない親でごめんね」と言うタイプの弱気な人だったので、断れなかったに違いありません。

帰宅したら母が顔色が悪そうだったため念の為病院に連れて行くと、熱中症と脳梗塞の初期症状。

今ではなんとかなる容態だったかもしれませんが、当時の医療技術では手術しても回復まではなりませんでした。

病院で母の介護をしていたら、姉が帰ってきて、私を呼び出し「貴方介護ちゃんとやれてるんでしょうね」と詰問してきたので、「誰のせいよ!」と初めて反抗し、母が亡くなってしばらくしてから母の墓を携えて(もし見つかったら母親を無縁仏にする気かと墓の管理に怒られそうだったため)私も嫁ぎ、連絡を経ちました。

私がもっと早く嫁ぎ、母を連れて逃げていれば、母とあんな別れ方をしないで済んだのにと思います。

善意や使命感の強要で死ぬ心や体もあるんです。

だから、なにをおいても逃げてください。

縁を切ればどんなになまけても許される世界があることが分かりますよ。